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高 麗 川 の 山 車

高麗川の山車

←高麗川の山車(「関東山車コレクション」管理人様 ご提供)

 高麗川の山車は、昭和30年、東京都青梅市北小曽木(現在の成木八丁目)から譲渡されました。当時は、大型トラックがなかったため、青梅から曳いて歩いてきたそうです。
 製作年は不明ですが、北小曽木と高麗川で使用されてきた期間を考えると、およそ100年以上は経過していると考えられています。四ツ車で1本柱の高欄をもつという、大変珍しく、貴重な山車です。車輪は、ゴムタイヤですが、北小曽木で曳きまわされていた頃は木製の車輪が使用され、現在も北小曽木の山車に流用されています。また、木鼻が前に大きく迫り出した、「南高麗型山車」(下段参照)の特徴も有しており、地域の特性に合わせた構造が見られます。
 近年、北小曽木で所有されていた頃の状態が分かり、当時は2段屋根をもつ屋台型で、さらにその前は、1本柱を建てた人形山車であった可能性が出てきました。
 現在、上鹿山に鎮座する高麗川神社(八坂神社)の境内にある山車庫に囃子台より上を解体し、しまわれており、毎年、納涼夏祭りが近づくと会場まで曳いていき、組み上げます。ここ数年は老朽化が進んでいますが、高麗川の歴史を物語るものとして、大切に使用して参りたいと考えています。

資料提供:「祭禮技術研究所」所長様
                  「関東山車コレクション」Webサイト管理人様

  

「 南 高 麗 型 山 車 」と は

高麗川の山車

←高麗川の山車の木鼻(「入間郡とその近郊の祭囃子」管理人様
  ご提供)

 南高麗型山車(入間郡とその近郊の祭り囃子 管理人様命名)とは、南高麗(埼玉県飯能市西部)周辺のみに見られる山車で、木鼻が前に大きく迫り出しているのが特徴です。
  南高麗は、山々に囲まれているため、起伏の激しい場所が数多く見受けられます。通常、このような場所で全ての車輪が固定されている四ツ車の山車を曳きまわすと、転倒する危険があります。
 しかし、南高麗型山車は、後輪は固定されてはいるものの、前輪は遊びがあり、前後左右、全ての方向に車輪が動きます。そのため、車輪が浮いてしまうような坂やうねり道でも、常に全ての車輪を地面に接することが可能なのです。正に先人の職人が編み出した、地域に根付いた山車といえます。

資料提供:「祭禮技術研究所」所長様

※このページの作成にあたり、「祭禮技術研究所」所長様、並びに、「関東山車コレクション」
Webサイト管理人様に多大なるご協力をいただきました。ありがとうございました。

  

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